福島県からの自主避難における賠償など法的支援

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分断されるコミュニティと 「避難する権利」
2012年4月9日

 (本稿は、アジア太平洋資料センター発行『オルタ』2012年3・4月号に掲載されたSAFLAN運営委員福田健治の論考を、同編集部の許諾を得て再掲したものです。)

分断されるコミュニティと 「避難する権利」
福田健治 (弁護士)

避難を巡る分断と対立

福島第1原発事故は、極めて広範な放射性物質の飛散をもたらした。政府によれば、1~3号機から放出されたセシウム137の量は広島に投下された原爆の168個分にのぼり、追加被ばく線量が国際放射線防護委員会(ICRP)が定める公衆被ばく限度である年間1mSvを超える土地は、日本の国土の3%に及ぶという。
政府は、昨年4月22日、新たに年間積算線量が20mSvに達するおそれがある地域を「計画的避難区域」に指定し、年間20mSvを基準とする現在の避難指示の枠組みを決めた。避難指示区域に含まれなかった各地では、福島県が委嘱した「アドバイザー」が、100mSv以下の線量は安全・安心であり、子どもを外で遊ばせても全く問題はないとの宣伝を行った。
この事態は、避難区域にならなかった地域に住む多くの人びと、とりわけ子どもを抱えた世帯に、避難するべきか否かという厳しい決断を迫ることになった。区域外避難の問題が難しいのは、放射線の影響が、2重の意味での不確実性を持っているからだ。第一に、低線量の放射線の影響は確率的なものであり、健康に支障が生じるか否かは将来にならないと分からない。第二に、そもそも放射線の影響についての科学的知見そのものが不確実である。チェルノブイリ原発事故による健康影響については、事故から4半世紀を経た2000年代に入り、様々な新たな知見が報告されている。
子どもの命と健康を守るために多くの親が福島県から避難しており、その人数は政府が把握しているだけでも5万人超に及ぶ。しかし、これは決して容易な行動ではない。私は、福島市や郡山市で、避難に悩む多くの母親たちの声を聞いてきた。 「放射能問題に鈍感な夫に見切りを付けるべきか。」 「学校に放射線対策を申し入れているが、『気にしすぎだ』と白い目で見られている。」
そして避難者に向けられる目も決して優しいものではない。北海道に避難したある女性のもとには、地元の友人から、「あなた地元で評判悪いわよ。」という携帯メールがわざわざ送られてきたという。家計の逼迫でやむを得ず福島に戻った世帯は、「福島の復興にも除染にも協力もせず、なぜ戻ってきた。」との非難を浴びている。

「自主避難」は自主的か

避難区域外からの避難について、一般に「自主避難」問題として取り上げられている。
しかし、まず最初に、避難区域外から避難した人たちは、決して「自主的」に避難したのではないことを確認する必要がある。福島には、土地に愛着のある人が多く、また福島の豊かな自然を愛して移り住んできた人も多い。避難した人たちは、原発事故と放射能汚染により、土地とコミュニティに対する愛着を振り切ってでも、子どもと自らの健康を守り抜くという決断をしている。彼・彼女たちは、原発事故によって避難を強いられたのであって、区域外避難の問題を自己責任論で片付けることは許されない。避難を強いられた人びとの生活再建とコミュニティの再生を確保することは、かかる危険を内包する発電手段を推進してきた東京電力・国と、これを許してきた私たち自身の責任である。

 「避難する権利」の見取図

避難問題は、低線量被ばくの影響に直面した福島の人びとの権利として語られる必要がある。彼ら・彼女たちは、放射線被ばくについて適切な情報を与えられ、避難を選択した場合には必要な支援を受けることができる権利を有する。これを「避難する権利」と名付けよう。その意義を略述すれば、次のようになる。
第一に、避難を選択することは人権である。すなわち、家族の健康を維持し、子どもが安心して発達することができる環境を確保することは、人間の尊厳の根幹に関わる要求であって、国家はこれを最大限尊重するべき義務を負う。
第二に、避難は権利=選択の問題であり、義務ではない。放射線の確率的な影響に対する人びとの対応は多様であることを、正面から承認する必要がある。政府による避難指示は、居住権や財産権への強度の制約であって、濫用されるべきではない。避難は選択の問題であり、避難を選択した者にも、滞在を選択した者にも、相応の合理的な理由があるはずだ。いずれの選択をも尊重し、避難者にも滞在者にも必要な支援が与えられることで、同じ原発事故の被害者である両者間の分断を避けることができよう。
第三に、避難する権利は国家への請求権であり、避難を選択した人びとには、これを可能にするだけの国家による支援がなされる必要がある。避難の選択が、経済的余裕がある一部世帯の特権であってはならない。国際環境NGO FoE Japanと福島老朽化原発を考える会のアンケート調査によれば、避難したくてもできない人の多くが、経済的不安、離職の危険をその理由に挙げている。学校疎開を求める郡山市民の裁判において、郡山市は「子どもには転校の自由があり郡山市には責任がない」と主張しているが、避難希望者の経済的苦境を理解しないものと言わざるを得ない。
「避難する権利」は、何かの法律に定められているわけではなく、これを認める裁判例があるわけでもない。しかし、憲法前文は「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」をうたい、憲法25条は生存権の一内容として「健康的」な生活を営む権利を明示する。社会権規約は「達成可能な最高水準の健康」を享受する権利を認めている。特に重要なのは、子どもの権利条約が、子どもの健康の権利を定めると同時に、子ども及び父母が子どもの健康についての情報を受ける機会を保障していることである。これらの規定は、適切な情報の付与と避難に対する支援を国家に義務付けるだけの十分な根拠を提供している。

 区域外避難者への 賠償をめぐって ~新たな線引きと分断~

東京電力による損害賠償の範囲を議論している政府の原子力損害賠償紛争審査会は、昨年12月6日に、区域外避難者に対する賠償の方針を定める「中間指針追補」を決定した。同追補は、福島県の避難指示区域外の地域のうち、福島市を含む県北、郡山市を含む県央、相馬市を含む相双、いわきの各地域を「自主的避難等対象区域」と定め、事故当時に同区域に居住していた18歳未満の子どもと妊婦に一人あたり40万円を、それ以外の人に一人あたり8万円を支払うとの内容だ(表参照)。
追補の内容には多くの問題が残る。子ども・妊婦以外については、事故直後以外は賠償の対象に含まれていない。また、避難者に対する賠償額としては低額に過ぎ、特に避難に伴って離職した人たちにとっては、生活を再建するのに十分とはいえないだろう。
それでも、文部科学省が設置する正式な審査会が、今までの「政府指示による避難への賠償」という枠組みから大きく踏み出し、「住民が放射線被曝への相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり、また、その危険を回避するために自主的避難を行ったことについてもやむを得ない面がある」と述べ、区域外からの避難の合理性を正面から認めたことの意義は決して小さくない。さらに、現在対象区域に滞在している世帯は、父母と子ども2人という標準世帯で96万円の賠償が受けられることになっており、今回の賠償が避難に悩む世帯への後押しになることが期待される。
問題は、今回の対象区域設定が、さらなる線引きと分断につながる可能性だ。私は現在白河市から避難された方の東京電力に対する損害賠償請求を担当しているが、白河は今回の対象区域からは外れており、東京電力は賠償に応じない姿勢を明らかにしている。ところが、白河市の外部放射線量は、例えば町の中心部にある市役所の測定値で比較すると、福島市や郡山市よりは低いものの、今回対象区域とされた相馬市やいわき市よりも高い。東京電力は、「対象区域外でも賠償の対象と認められうる」との中間指針追補を重く受け止め、少なくとも年間1mSvを超えるおそれのある地域から避難した子どもを含む世帯に対して賠償に応じるべきである。

避難から移住/帰還へ

これまで私は「避難」について述べてきた。しかし、事故から1年が経ち、避難から進んで、「移住」と「帰還」について語らなければならない時期に来ている。
まず移住である。福島県の放射線量は、セシウムの崩壊の進行と風雨などにより2年間で4割ほど減少すると見込まれているが、そこから先の除染作業は容易ではない。多くの避難者が、今後数年にわたって福島に帰らないことを決意している。5年から10年単位の「移住」を選択した人びとには、現在の災害救助法に基づく避難支援の枠組みを超えて、長期間にわたる居住場所の提供や就労・転職支援といった移住支援策が採られる必要がある。
次に帰還である。長く続く母子避難の苦しみ、経済的困窮、除染活動による生活圏における線量低下などから、福島への帰還を考えている避難者、すでに福島に戻った避難者も少なくない。福島は、今でも大勢の人びとが住んでおり、「見捨てられた地」であってはならない。福島での生活をサポートするために、優先順位を明確にした除染活動や、子どものための一時保養・疎開プログラムの提供など、被ばく量を可能な限り低減するための方策が求められる。
これらの山積する課題において重視されるべき三つの視点を、最後に指摘しておきたい。

(1)「人」に対する支援を
「受けた被害の賠償」に限られる東京電力による賠償のみでは、これら課題に迅速に対応することはできない。現在政府は福島再生復興特措法案を準備中であるが、福島という「場所」のみならず、避難者/滞在者、移住者/帰還者の別を問わない福島原発被害者という「人」のための総合的な立法が求められる。

(2)自己決定の尊重と意思決定への参加
これまでの政府の対応において忘れ去られているのは、避難における人びとの自己決定と被ばく低減策の策定における住民の関与である。ICRPは、原発事故後の汚染地域に居住する人びとの防護に関する勧告において、放射線防護計画の立案における影響住民の関与の重要性を強調している。モニタリング、除染、食料・水の規制、放射性廃棄物の処理といった多くの意思決定において、住民の関与が原則とされなければならない。

(3)健康な生活の確保
全ての被ばく者に共通して必要なのが、長期的な健康確保のためのプログラムである。福島県は「健康上の不安解消」を目的とする県民健康管理調査を実施中だ。しかし、上記の「最善の健康水準の確保」の観点から、健康管理の目的は被ばくの最小化と疾病の未然予防に置かれるべきであり、また全国各地に散らばった避難者に対応するための体制が整備されなければならない。

ふくだ・けんじ●1977年生まれ。弁護士(第二東京弁護士会)、ニューヨーク州弁護士。福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク運営委員、日本弁護士連合会原子力プロジェクトチーム委員。著作に『原発事故・損害賠償マニュアル』(共著/日本加除出版)など。

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