福島県からの自主避難における賠償など法的支援

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【お知らせ】区域外(自主的)避難の賠償範囲に関する意見書を執行いたしました
2011年9月28日

本日、以下のとおり、saflanが作成した意見書を執行いたしました。

原子力損害賠償紛争審査会 委員各位

2011年9月28日

区域外(自主的)避難の賠償範囲に関する意見書

 福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN)

共同代表 弁護士 梓澤 和幸

同 弁護士 河﨑健一郎

第1 意見の趣旨

1 福島第一原子力発電所の事故により避難を余儀なくされた世帯のうち、政府による避難等の指示等がなされた区域以外の地域(以下「避難指示区域外」といいます。)から、放射線による健康への影響を懸念して避難した個人・世帯(以下避難指示区域外からの避難を「区域外避難」、区域外避難をした者を「区域外避難者」といいます。)に対しても、かかる避難が社会通念上合理的であると認められる場合には、避難によって生じた損害が賠償されるべきです。

2 区域外避難の合理性を判断するにあたっては、放射線の影響回避に関する社会的合意としての放射線防護に関する国際的枠組み及び国内法令が参照されるべきです。

 具体的には、ICRPの放射線防護体系及び電離放射線障害防止規則等に基づき、少なくとも

   
避難開始時において、年間被ばく線量が1mSvを超えるおそれのある地点から避難した18歳未満の子ども、妊娠中及び妊娠可能な女性を含む世帯の構成員

   
避難開始時において、年間被ばく線量が5.2mSvを超えるおそれのある地点から避難した全ての者

については、避難によって生じた損害が賠償されるべきです。

第2 意見の理由

1 はじめに

 9月22日、第14回原子力損害賠償紛争審査会(以下、「原賠審」)が行われ、福島第一原発の事故によって避難を余儀なくさせられた者のうち、区域外避難者(いわゆる「自主的」避難者)の避難費用等について、損害賠償の対象として認められるか否かの議論が行われました。

 結論は次回以降に持ち越されましたが、私たちは、原賠審におけるこの問題の議論の成り行きに、大きな関心を寄せるとともに、深い憂慮を抱いています。

 いうまでもなく、福島第一原発の事故は、福島の人々を塗炭の苦しみに陥れました。その苦しみは、避難区域等の政府指示の有無によって簡単に割り切れるものではありません。

 福島市、二本松市、伊達市、郡山市等の中通り地域など、政府指示区域外であっても、高い空間放射線量により、現在と将来の健康被害について深刻な危機を感じざるを得ない状態に置かれている人々が数多くいます。

 私たちは、高い空間放射線量にさらされている地域において、政府指示等の有無にかかわらず、放射線の健康への影響を懸念して避難した人々に生ずる損害についても、原子力損害の賠償に関する法律(以下、「原賠法」)にいう原子力損害にあたると考えます。以下に、その理由を述べます。

2 賠償範囲に関する判断基準-一般論

(1)中間指針の相当因果関係論

原賠法にもとづく損害賠償の範囲は、原子炉の運転等により及ぼした原子力損害とされています。中間指針においては、福島第一原発事故と「相当因果関係」がある損害、すなわち「社会通念上当該事故から当該損害が生じるのが合理的かつ相当であると判断される範囲のもの」であれば、原子力損害に含まれるとされています(中間指針3ないし4ページ)。

 中間指針は、福島第一原発事故による被害回復と救済について、十分な展望を示すものではなく、私たちは、中間指針の内容全体にただちに賛同するものではありません。しかし、上記見解は、一般的な見解としては妥当であると考えます。

(2)避難の選択と相当因果関係

放射線の影響を懸念して避難する区域外避難については、現に通常より高い被ばくを余儀なくされた一般人が、健康への影響を懸念し、放射線の被ばくを回避するために、自己の住居から、より放射線被ばくを低減することができる場所へ避難することが合理的であると認められる限り、相当因果関係の範囲内にあると判断されるべきです。

 この判断においては、以下の各点に留意する必要があります。

ア 上記意見の趣旨第2項①の一般人基準を適用する際には、福島第一原発事故という未曾有の事態と、これに伴う広範囲への大量の放射性物質の放出という、私たちがいまだ経験したことのない状況に直面している具体的な個々人が想定される必要があります。

イ 現在の放射線防護に関する一般的な見解に基づけば、放射線による晩発性の健康影響は確率的なものとされています。確率的なリスクの回避に関する個人の選好はそれぞれ異なることが前提とされなければなりません。すなわち、上記の基準に基づき避難の合理性が認められる地域においても、避難を選択する者と選択しない者が当然併存することになります。

3 避難の合理性の判断基準の考え方

(1)放射線の影響回避に関する社会的合意に基づく避難の合理性

私たちは、放射線の健康影響を回避するために避難を選択することの合理性を判断するにあたっては、福島第一原発事故の以前から存在していた放射線の影響回避に関する社会的合意としての、放射線防護に関する国際的枠組み及び国内法令が参照されるべきであると考えます。

ア 福島第一原発事故の前後で、放射線が人体に与える影響に変化があるわけではありません。したがって、事故前から、一定の線量を超える放射線については、その影響を避けるために被ばくを回避するべきとの社会的合意が成立していたのであれば、同事故後に、このような社会的合意を前提として、放射線による被ばくを回避しようとすることは、極めて合理的な行動であるといえます。

イ このような社会的合意は、まずもって、日本政府が依拠してきた放射線防護に関する国際的な枠組みである国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護の枠組み、そして放射線防護に関する日本の国内法及びこれに基づく各種政令・規則・告示等に求めることができます。

(2)放射線防護に関する国際的枠組み及び国内法令

ア ICRPの放射線防護に関する体系

① 正当化の原則・最適化の原則

 まず、ICRPは、放射線防護に関する基本原則として、「被ばく状況の変化は害より便益が大きい場合にのみ正当化される」との正当化の原則と、「被ばくは合理的に達成できる限り低く保たれるべきである。」との最適化の原則を採用しています(Publication 103)。

しかし、上記正当化の原則に従えば、政府は、避難が不合理であるのであれば、避難によって、便益よりも害が大きいことを立証しなければならないはずです。しかし、政府はいまだかつてこの点について住民にも一般市民にも説明をしたことはありません。

また、最適化の原則に基づけば、合理的に達成可能な限り、被ばくの低減のための措置が採られるべきことになります。避難が合理的に実施可能な被ばく低減のための効果的な手段であることは明らかです。

② 公衆の被ばく線量限度・現存被ばく状況における参照レベル

 次に、ICRPは、計画被ばく状況における公衆の被ばく線量限度を、1年あたり1mSvと定めています。さらに、現存被ばく状況(原子力安全委員会の平成23年7月19日付け「今後の避難解除、復興に向けた放射線防護に関する基本的な考え方について」によれば、福島市や郡山市などの避難指示区域外については、現存被ばく状況にあるものと考えられます。)における参照レベルについて、1年あたり1mSvから20mSvの下方部分から選択されるべきであり、その代表的値は1年あたり1mSvであったとしています(Publication 111)。

イ 放射線防護に関する国内法令

① 公衆の被ばく線量限度

 日本の法令に、公衆の被ばく線量限度そのものを定めたものはありません。しかし、日本の法令は、上記ICRPの1年あたり1mSvの公衆被ばく線量限度を前提に、各種の規制をおこなっています。例えば、原子炉等規制法及び実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則に基づく線量限度等を定める告示によって、原子炉の周辺監視区域外の線量限度を年間1mSvと定めています。

② 放射線管理区域

 労働安全衛生法及び同施行令に基づく電離放射線障害防止規則は、実効線量の合計が3ヶ月あたり1.3mSv(1年あたり5.2mSv)を超えるおそれのある区域を放射線管理区域と定めています(同規則3条1項)。放射線管理区域については、下記の通りの厳格な規制がなされています。

                            標識による明示義務(同3条1項)

                            必要のある者以外の立入禁止(同3条4項)

                            外部被ばく線量及び内部被ばく線量の測定・記録義務(同8条・9条)

                            労働者への特別の教育の実施義務(同6章の2)

雇入時及び半年ごとの健康診断の実施及び結果の記録義務(同56条・57条)(なお、年間5mSvを超えない労働者については、健康診断の多くが免除されています(同56条4項)。)

 また、労働基準法62条2項及び年少者労働基準規則8条35号は、18歳未満の者を「ラジウム放射線、エックス線その他の有害放射線にさらされる業務」に就かせてはならないと定め、18歳未満の者が放射線管理区域に立ち入ることは、法制度上予定していません。

③ 放射線業務従事者の被ばく限度

同規則は、さらに、管理区域内で業務に従事する労働者の実効線量限度について、次の通り定めています。

男性・妊娠する可能性がないと診断された女性

年間50mSv

上記以外の女性

3ヶ月5mSv(年間15mSv)

妊娠中の女性

内部被ばくにつき1mSv、腹部表面の等価線量につき2mSv

ウ まとめ

 これらの放射線防護に関する国際的枠組み及び国内法令の定めから、私たちは、次の事柄が、回避すべき放射線の影響に関する社会的合意として存在していたものと考えます。

①公衆の被ばく線量限度は1年あたり1mSvとされていること。

②1年あたり5.2mSvを超えるおそれのある区域については、厳重な管理がなされ、通常人の立入はできないこと。

③1年あたり5mSvが、成人男性においても健康影響が生じうる被ばく量とされてきたこと。

④18歳未満の子どもについては、自然放射線を超える被ばくは一切想定されていないこと。

⑤妊娠可能な女性及び妊娠中の女性については、一般男性よりも放射線被ばくの影響が大きいものとされてきたこと。

⑥原発事故後においても、線源がコントロールされている現存被ばく状況においては、年間1mSvから20mSvの下方部分から参考レベルを選択し、個人線量をこれより低減するよう被ばくが最適化されるべきであること。

4 結論

 以上の通り、少なくとも、区域外避難のうち、福島第一原発事故以前に存在していた放射線の影響回避に関する社会的合意に基づく避難は、合理的な行動であり、原賠法に基づく損害賠償が認められるべきです。

 放射線防護に関する国際的枠組みや国内法令から認められる放射線の影響回避に関する上記の社会的合意を前提とすれば、少なくとも、

    避難開始時において、年間被ばく線量が1mSvを超えるおそれのある地点から避難した18歳未満の子ども、妊娠中及び妊娠可能な女性を含む世帯の構成員

    避難開始時において、年間被ばく線量が5.2mSvを超えるおそれのある地点から避難した全ての者

については、避難によって生じた損害について賠償がなされるべきです。

 なお、上記の基準は、区域外避難者の多くに適用可能な一般的基準を述べたものに過ぎません。相当因果関係の判断は、各避難者について個別に行われるべきであることは言うまでもありません。特に、上記ICRPの枠組みや国内法令の基準に異論を持ち、別の基準に従って行動した場合において当該基準に一定の合理性が認められるときなど、上記の基準に満たない地点からの区域外避難者についても、賠償が認められるべき事案は存在するものと考えます。

5 「主な論点」に関する私たちの考え方

 なお、第14回原賠審において配布され議論された「自主的避難に関する主な論点」((審14)資料2。以下「主な論点」)についての私たちの考え方は以下の通りです。

(1)除染活動との関係について

 「主な論点」3(1)には、以下の記載があります。

政府及び自治体は、住民の安全を前提に、除染等により生活環境の整備を進めている。こうした除染等の環境整備が計画的に行われる中で、現時点で放射線量が通常よりも高いことを理由に、自主的避難することをどう考えるか。

 政府が8月26日付「除染に関する緊急実施基本方針」に基づき今後除染活動を行うことは、同日までになされた区域外避難の合理性に何ら関わるものではありません。また、同基本方針は、2年後の被ばく線量の50%減少を暫定目標としていますが、具体的な除染計画の策定はこれからであり、その有効性はいまだ明らかではありません。

 したがって、政府による除染活動は、これが功を奏し、その結果被ばく量が上記の基準値を下回るに至った際に、賠償の終期の問題として議論されるべきであり、現在の避難の合理性を左右するものではありません。

(2)避難をしなかった者との関係

   「主な論点」4(1)には以下の記載があります。

・   
自主的避難者の数よりも避難せずに滞在していた者の数がはるかに多い中で、避難した者に損害を賠償することをどう考えるか。

・   
また、避難しなかった者が不安に感じたまま滞在することがあると考えられるが、これをどう考えるか。

 上記の基準値を上回る地域に住む住民の中には、被ばくによる健康被害を懸念しながらも、避難を選択せず、居住を続けている方もいます。こうした住民も、上記の通り、福島第一原発事故により、通常では立入を禁じられている放射線管理区域と同等以上の放射線被ばくを余儀なくされています。私たちは、少なくとも、こうした地域に居住を継続する者の精神的苦痛に対する慰謝料についても、賠償の対象とされるべきであると考えます。

(3)避難指示等区域との関係

 「主な論点」4(2)には、以下の記載があります。

自主的避難に関する損害の範囲については、仮に損害を認める場合、中間指針で示されている避難指示等に係る損害の範囲との関係をどう考えるか。例えば、以下の論点が考えられる。

・   
自主的避難に関する損害項目や範囲に関して、避難指示等に関する損害の賠償を超えないようにすべきか、それとも、両者の関係を考えず議論してよいか。

・   
避難指示等が解除された後に同指示等区域から避難した場合をどう考えるか。その他の区域からの自主的避難と同等に扱うべきか。

・   
中間指針では、緊急時避難準備区域から6月20日以降に避難を開始した場合は、子供、妊婦、要介護者、入院患者等に限って賠償の対象とされているが、このこととの関係をどう考えるか。

 前提として、上記の区域外避難に関する基準は、主に年間被ばく線量を基礎とする基準であって、また同基準に該当する地域においては、避難を選択する者と選択しない者が併存することを前提としています。同基準は、避難指示等区域のうち、屋内退避区域や緊急時避難準備区域など、福島第一原発における不測の事態に備えるための区域や、計画的避難区域のように、政府が一律に避難を求めている区域とは異なる観点から導き出されたものです。このため、避難指示等区域からの避難としては賠償が認められない場合でも、区域外避難として賠償が認められるべき場合がありえますし、屋内退避区域や緊急時避難準備区域が解除され、一定期間後の賠償が認められなくなった場合でも、上記基準を満たす場合には、避難への賠償が継続されるべきです。

 まず、「避難指示等が解除された後に同指示等区域から避難した場合」のうち、上記の線量基準を満たす者については、区域外避難として賠償が認められるべきであると考えます。

 次に、「緊急時避難準備区域から6月20日以降に避難を開始した場合」との整合性についても、緊急時避難準備区域と上記の区域外避難は別の観点から基準が設定されているものであって、両者は特に矛盾するものではありません。(なお、私たちは、緊急時避難準備区域から6月20日以降に避難した場合には、一部の例外を除いて賠償を認めないとする中間指針の賠償範囲を支持するものではありません。)

 6 終わりに

 子どもに健康上の影響が出たことを憂慮し、子どもの将来の健康リスクを深く考え、避難を決断して実行した人々はすでにかなりの人数に上っています。

 また経済的条件が整えばただちに避難を選択したいという人々は、相当の数に達するはずです。原賠審が、区域外避難を賠償の対象とするとの明確な指針を打ち出すことで、これらの人々の多くは、実際に避難を行動に移し、現在の被ばく状況から逃れることができます。

 私たちは、福島市や郡山市で行われてきた健康相談、育児相談の機会に、また避難先での母親からの聞き取りの機会に苦渋の表情と涙で苦悩を訴える声に接してきました。いまもなお避難に関する相談が寄せられています。現在の福島では子どもの集団移転を取るべきとする意見も有力に存在します。

 避難を選択した人々には損害を賠償すべきであるとの社会の声はますます大きくなっています。

 私たちは、区域外避難による損害を、一刻も早く原子力損害として認め、適切に賠償がなされるべきであると考えます。

以 上

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