福島県からの自主避難における賠償など法的支援

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意見書 ―震災から5年を迎えて―
2016年3月11日

東日本大震災、そして東京電力福島第一原子力発電所における事故の発生から5年が経過しました。命を落とされた方々に謹んで哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。そして被災された方々への支援、被災地の復興に向けて日々尽力されている方々に深く敬意を表します。

5年という歳月を経てもなお、原発事故の収束は遠く、この事故に起因する放射線被ばくをめぐる問題は継続しています。一方で、この問題に正面から取り組むために設立された復興庁は「2021(平成33)年3月31日までに廃止する」ことが法律で定められており、設置期間である10年間のうちの半分がすでに経過したことになります。この間、原発事故被災者が抱える問題は個別化、複雑化し、深刻の度を増してきました。

しかし、問題が深刻さを増す一方で、政府は原発事故による避難者の人数を把握すらしていません。福島県内の避難者数に福島県から県外への避難者数の合計約10万人が原発事故の避難者数と言われることもありますが、福島県外からも多数の人々が被ばくを避けるために避難しており、原発事故の避難者数が10万人よりもさらに多いことは明らかです。また、避難をしない場合でも、被ばくを避ける生活を余儀なくされる「生活内避難」を続けている人は大勢います。原発事故から6年目を迎えるにあたって、原発事故の影響が非常に大きく、重大であることを改めて認識する必要があります。

こうした現状を前に、いわゆる自主避難者をはじめとする原発事故被災者の支援を行ってきた法律家として、以下のとおり意見書を取りまとめました。

 

1、原発事故被災者が直面している問題
(1)健康影響への懸念――甲状腺検査の状況
福島県では、原発事故当時18歳以下の子どもを対象に甲状腺検査が行われてきました。この検査で甲状腺がんと確定した子どもが100人を超え、全国の甲状腺がんの罹患率に基づいた推計を大幅に上回ることから、県の検討委員会は「数十倍多い甲状腺がんが発見されている」とする中間まとめの最終案を大筋で了承しました。2014年4月から始まった2巡目の検査では、2015年末現在、1巡目で「がん」や「がんの疑い」と診断されなかった16人についてがんと確定し、35人にがんの疑いがあるとされています。2011年からこれまでにがんまたはがんの疑いと診断されている子どもは166人にのぼります。
検討委員会は、これらのデータについて「放射線の影響は考えにくい」と評価していますが、住民からの不安の声は尽きず、専門家からも疑問の声が挙がっています。また福島県外では、当初から放射性プルームの影響が指摘されている隣接県ですら健康調査の体制が整えられておらず、健康影響に対する懸念はいよいよ高まっています。

(2)住宅支援の打ち切り
これまで避難者の住宅確保については、災害救助法にもとづき、応急仮設住宅のほか民間アパートなどを借り上げた「みなし仮設」を供与し、この居住期間を1年ごとに延長するという運用がなされてきました。このような住宅の無償提供は、自主避難者にとって数少ない支援施策の一つでした。しかし、この支援策は2017年3月末で打ち切られるとされています。住宅の無償提供が打ち切られれば、生活が立ち行かなくなるケースも出てくることが考えられ、避難の継続を希望する人々にとって深刻な問題となっています。
福島県は、住宅の無償提供に代わる「帰還・生活再建に向けた総合的な支援策」として、2017年4月から最大2年3カ月は、民間アパートに限り、収入などを要件に月2万~3万円の補助を受けることができるとしています(公営住宅やUR住宅は対象外)。また、福島県内の自宅への引っ越し費用の補助を開始しています。福島県のこのような対応は、避難の継続よりも自主避難者の帰還を促すことに重きを置くものと言わざるを得ません。
一方、政府は、遅くとも2017年3月末までには帰還困難区域以外の区域について避難指示を解除する方針を示しています。原子力損害賠償紛争審査会の指針によれば、東京電力による賠償は避難指示の解除後1年間で打ち切られることになっているので、賠償は2018年3月までに打ち切られることになります。当該区域から避難している人々が、避難指示解除後に早期の帰還を選択しない場合には、現在の自主避難者と同じ状況に置かれることになります。このとき人々は、経済的に困難な状況に陥りながら避難を継続するか、公衆の被ばく限度として社会的合意が形成されてきた年間1ミリシーベルトを大きく上回る年間20ミリシーベルトという基準での避難指示解除を受け入れて避難元に帰還するかの選択を迫られることになります。

 

2、提言――これからの5年間を見据えて
(1)国による避難者数の正確な把握を
原発事故子ども・被災者支援法は、原発事故の被災者の支援施策を国が責任をもって行うことを定めています。しかし、国が避難者の人数すら把握していない状況で被災者のために適切な施策が実現できるはずがありません。まず、国は原発事故による避難者数を正確に把握し、避難者の直面している困難な生活状況を認識しなければなりません。被災者のための施策を行うためには、まず被害の実態を知ることが必要です。

(2)より広域での健康調査の実施を
原発事故によって放出された放射線物質による汚染が福島県の内外に広がったことはデータからも明らかになっており、福島県境のみをもって健診対象の区分を行うことは合理性を欠いています。放射性物質の健康への影響については、チェルノブイリの経験や最新の科学的知見から学び、また福島県での健康調査の結果も踏まえ、真摯な対応がなされる必要があります。
各種健康調査や検査については、福島県ではなく国が責任をもって取り組み、福島県外も含めた調査を行うともに、その結果を公開するべきです。少なくとも福島県から避難した人々や汚染状況重点調査区域に居住していた人々については、国が、福島県内と同程度の検査が行われることを確保すべきです。

(3)恒久的な住宅支援実現のための取り組みを
原発事故には、自然災害とは異なり、一度事故が発生すると、拡散した放射性物質の影響が長期間、継続的に及び続けるという特徴があります。だからこそ5年という時間が経過した現在も、被ばくを避けるために避難を続けたいという人々が数多く存在しているのです。このような状況を前に、「災害救助法の適用をこれ以上延長することが難しい」という理由をもって住宅支援が打ち切られることがあってはなりません。
災害救助法に基づくみなし仮設の供与延長が法的に可能である以上、福島県と内閣府は、2017年4月以降も、自主避難者に対する応急仮設住宅の供与を継続すべきです。また、仮にこのような対応が政府によってなされないのであれば、住宅支援を行うために必要な法の整備と仕組みづくりこそがなされるべきです。
特に、家族が分離した状態での避難生活を続けている世帯には、二重生活による経済的な負担が重くのしかかっています。国会は、こうした世帯に対して家賃相当額の支給を行う旨の立法を行うなど、住宅支援の実現のための立法に取り組むべきです。

(4)避難者を含めた被災者の声を聞き政策に反映する仕組みの設定を
この5年間、政府は一貫して被災当事者、特に避難者の声を十分に拾い上げ、政策形成に生かすことを怠ってきました。のみならず、一方的に定めた基準に基づいて避難指示を解除し、賠償の打ち切りを主導し、「帰還」と「復興」のイメージを演出してきました。
確かに道路は整備され、建物や施設も続々と新しく建てられています。なお不十分とはいえ除染も相当程度進みました。物質的な意味での復興は進んでいるのかもしれません。しかし、いまもなお10万人を超える人々が避難生活を続けています。人の復興なくして、地域の復興はありません。避難者を含めて広く意見を拾い上げ、政策に反映する官民協議会のような仕組みを設定することの大切さを、私たちは改めて指摘したいと思います。
避難者と一口に言っても、避難指示に基づく避難者といわゆる自主避難者の間には、立場の違い、行政支援や賠償における扱いの違いを背景に、感情的な対立が生じてしまうこともあるこの5年間でした。続々と解除される避難指示と賠償の打ち切りの中で、避難者の中の境目が溶解し始めています。しかし、それは問題の解決ではなく、むしろ問題が覆い隠され、避難者の直面する困難がより増すことを意味しています。
5年を経て問題の深刻化がみられることはこれまで述べてきたとおりですが、同時に、5年経ったことで見えてきたもの、蓄積された経験もあります。この5年間で原発事故と向き合い蓄積した多様な経験や知見を、未来のために生かすことが必要です。
私たちは、避難指示の有無、避難した人と避難しなかった人、避難を続ける人と帰還した人、福島県の内と外、さまざまな立場の違いを乗り越え、この5年間に得られた多様な経験や知見を生かし、原発事故による避難者が直面する問題を乗り越えるために被災当事者が参加し支援施策について協議する枠組みを早急に立ち上げることを提言します。

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